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基本的な取り組み方 [基本姿勢]

まず、古事記と日本書紀に書かれていることは、作為であれ、なんであれ、「何らか起こった事」を提示しているものと考えます。
つまり、ゼロからの作り事を書いているわけではないだろう、という姿勢ですね。
たとえば、初期天皇神武と崇神の間の、綏靖から開化までの八人は、「欠史八代」と呼ばれているけれど、まったくの作りごとではなく、なんらか存在した人の伝承が残っているのだろう、という感じですね。
その一方で、天皇家が「万世一系」だとは考えておりません。
これに関しては、三輪王朝・難波王朝並立説とか、イリ王朝・ワケ王朝・タラシ王朝などといった表記などで、古代天皇のグループわけがされているので、随時それらを参照にしながら。

そしてまず、天皇家はもとより、およそ「神」と呼ばれる人々や名のある豪族たちは、大体において朝鮮半島からやってきた、と考えます。
国津神と呼ばれるものでも、神と名がつくものは、外来である、というのが基本姿勢になりますので、ここの部分はいささか先鋭的だろうと思います。
これについては「神」という言葉の考察とともに、いろいろと取り組んでみたいと思います。

もうひとつは、男系で考えられている天皇家の流れを、女系から捉え直してみること。
縄文時代に女性の形をした土偶が多数出現していることと、平安時代における家族制度から、古代の日本においては、母系を底辺に据えた双系社会が成り立っていただろうことが推定できます。
したがって、男系のみでは読みきれない部分があるだろうということですね。
これはヒミコ→トヨという中国史書にでてくる巫女王の存在と、箸墓伝説、神功皇后や飯豊女王の存在ばかりでなく、「宮」があったという仁徳皇后磐之媛あたりにも焦点をあててみたいと思います。

そして「オオキミ」「スメラミコト」「天皇」とは、どんな存在であり、どういう条件で成立するものなのか、どの時代にどの程度の勢力範囲を持ち得たのか、というあたりにも言及してみたいと思います。

そのうえで、天智と天武の問題。彼等は兄弟ではなかったのではないか。だとすると、彼等はどんな出自であって、皇極(斉明)とはどういう関係にあるのか。彼等を天皇ならしめた条件は何であったか。これもぜひ迫ってみたい謎です。

基本姿勢といいつつ、問題提起とかぶるなぁ。


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binten

古事記大好きです。
詳しく読んだのは神武東征伝だけなんですけど。
凄く期待しています。
by binten (2004-12-22 17:37) 

tenko

いらっしゃいませ~。
なんか読めば読むほど面白くなってきて、とうとうブログを立ち上げてしまいました。
実はどこにも何も報告してないので、こんなふうに見つけていただけるなんて、びっくりです。
とても励みになります。
またいろいろと書き込んでみますので、どうぞお立ち寄りください。
by tenko (2004-12-23 19:20) 

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